菱ケ岳

野須張峰、大日山

2000年10月29日、単独

コースタイム
6:10新潟発=7:10石戸登山口着7:18発−8:45釜場清水着8:53発
−9:25野須張峰(荒沢山)着9:35発−9:50大日山(西山、入山)着9:
55発−10:25菱ケ岳着11:12発−11:36大日山(西山、入山)着11
:42発−11:57野須張峰(荒沢山)着12:07発−12:32釜場清水着
12:38発−13:35登山口着=石戸区長宅=15:00新潟着

菱ケ岳は飯豊山前衛の五頭連峰の最高峰である。
すぐ近くの五頭山は多くの登山者で賑わう山であるが、菱ケ岳は連峰の最高峰であり
ながら、五頭山よりも訪れる登山者は少ない。
この山へは積雪期に二度登っている。
一度目は一昨年の11月、早く降った雪に思わぬラッセル登山となった。
二度目は今年の春、宝珠山よりの縦走で訪れた。
今年の春、三川村の石戸より新しい登山道が開設されたことを聞き、話の種に登るこ
とにした。
無雪期に登るのはまったく初めてである。

国道49号線の取上橋を渡ったところから川沿いに左折、石戸集落の入口より登山口
までは道標があった。そして、登山口には立派な看板が有った。
看板には紙が貼ってあり、そこには「帰りに石戸区長宅へお寄りください、粗品を進
呈いたします。」と書かれてあった。

杉林の登山道に入るとすぐ大山神社の看板が有った。小さい神社が林の中に祭られて
いた。その手前を左に登る。
登山道はしっかり踏まれた良い道だ、おそらく登山道伐開以前から何かの道としてこ
の道はあったのだろう。
徐々に高度を上げていき、杉林から広葉樹の雑木林に変わった。右手にゴルフ場が見
える。
雨は降っていないが曇り空で、やがてガスの中に入っていき、歩いているうちに雲の
上に出た。
左から沢の音が近づいて来て、やがて釜場清水に着いた。
水は豊富な水量で流れ出ていた。標識には炭焼き窯跡と書かれてあった。
登山道が新道らしからぬしっかりした道なのはこの窯場へ行くための道だったからに
違いない。(下山後、区長に確認したらまさにそのとおりだった。窯があった時は毎
年道を整備していたらしい。)
そこからは急登が始まった。
標高820m付近で急登は一段落して、笹原の道になった。展望が開け、飯豊山は雲
がかかっていたが、東蒲原の山々は見えていた。
野須張峰は広く刈り払われていたが、周囲を潅木や背の高いネマガリタケが覆い展望
は選られなかった。大蛇山方向に踏み跡はないかと確認したがまったく見当たらな
かった。三角点も見当たらなかった。
このピークで五頭から宝珠へ続く稜線に出たわけだ。
一旦緩く下ってまた緩く登ったところが大日山だ。「西山」と書かれた標識が有っ
た。
なお、下山後貰った手ぬぐいに菱ケ岳から野須張峰までの稜線の山の名前が書かれて
あったが、野須張峰は荒沢山、大日山は入山(西山)と書かれてあった。
野須張、大日の呼称は我々が通常山仲間と話しする時に使っている呼称であり、藤島
玄著の「越後の山旅」にもこの呼称が使われている。
地域によって呼び名が違うのかもしれない。
大日山は低い笹に覆われていて山頂は広く、展望が広がっていた。東蒲原の山々や越
後平野が手に取るように見える。残念なのは飯豊山が見えないことだ。
雨の予報の日に雨が降らないだけでも幸運と思わなくては行けない。
ここからまた下って急な登りを登ると菱ケ岳だ。この間は刈りはらいが狭く、笹の露
で濡れるため雨具のズボンだけ履いた。
菱ケ岳山頂は木々に覆われていて展望が見えなかった。積雪期の絶景は雪の上だから
味わえるものだったようだ。
四角い御影石が転がっていた。祠でもあったのだろう。
五頭連峰の最高点はこの地点ではない、少し五頭山よりのところがやや高いのだ。荷
物を降ろして最高点まで往復した。
紅葉はもう終わり落葉樹の葉はほぼ落ちていた。途中の紅葉もあまり奇麗ではなかっ
た。
山頂には誰かいると思ったが誰もいなかった。それでもひとりでゆっくりと山頂の気
分を味わった。
簡単に登れると思って出かけたが、なかなか歩きがいがあるコースだった。
下山は往路を戻った。スパイク長靴のため滑りにくい。雨上がりの濡れた道はスパイ
ク長靴が有効だ。
釜場清水を過ぎ、しばらく行ったところでカモシカに出くわした。
登山道のすぐ脇にいたのだが私に驚いて薮の中に入ったが、ほんの5mくらいしか離
れていない。まるで人間を恐れると言うことが無いようだ。可愛い目をして私をじっ
と見つめている。
残念ながらカメラのフィルムは全部撮りきった後だった。こんな至近距離でカモシカ
を見たのは始めてだった。
「バイバイ」と声をかけ手を振ってその場を後にした。少し歩いて振り返るとまるで
私を見送るようにじっと見ていた。カモシカが珍獣だったのは昔の話だ。今は越後の
山なら何処にでもいる。
思った以上に足に疲労感を感じながら下山した。山中では誰にも会わなかった。
帰りに石戸区長宅に寄って下山の報告をし、記念品を貰った。
その記念品は山開きの時に作った手ぬぐいだった。山開き当日悪天候のためかあまり
人が参加せず記念品が余ったのだそうだ。
ありがたくいただいた。

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