守門岳

吉ケ平コース、途中撤退

2001年10月27日、単独

コースタイム
5:00新潟発=6:50吉ケ平着7:00発−7:17最後の堰堤−7:47桂の
へつり−8:20河原−8:43山ノ神−9:00上人岩−9:12上合沢出合着9
:20発−9:55天狗の田−(一旦小尾根に出て戻り、鞍部を目指す)−10:4
5撤退決意950m付近−11:00天狗の田−11:23上合沢出合着11:53
発−12:05上人岩−12:17山ノ神−12:33桂のへつり着12:45発−
13:16最後の堰堤−13:20大池入口−13:25大池着13:30発−13
:35大池入口−13:39吉ケ平着=16:00新潟市着

越後の名山守門岳は、栃尾市、下田村、守門村、入広瀬村の4つの市村にまたがって
聳えている。
そして、栃尾市からは栃堀口、守門村からは二分口、入広瀬村からは大原口と整備さ
れた登山道があるが、下田村からは登山道が無い。いや、かつては有った。八十里越
の入口の吉ケ平から大岳北鞍部の網張に通じる登山道があったのだ。
そして、大岳山頂には北へ続く稜線に「至吉ケ平」という道標を見た事が有る。
この廃道の網張へ上がる登山道を登り、大岳北方稜線から吉ケ平へ降りる尾根道を
通って下山するコースを歩いてみようと思った。

早朝新潟市の自宅を出発、登山口の下田村吉ケ平を目指す。高速を使わず、途中コン
ピニに寄ったり、給油所に寄ったりしていたら、吉ケ平まで2時間もかかってしまっ
た。
そして、守門川の最後の堰堤までは地形図では実線の道がついている。ここまで車が
入れると思っていたが、吉ケ平の山荘前からほんの200mくらいで車道は終わって
いた。
秋の日は短い、11時までに網張に着かねば戻るつもりでいた。
とにかく、支度をして歩き出す。
しばらくは実線の道らしくジムニー程度の車なら走れそうな道が続いたが、やがてそ
れも終わり、昔は林道だったかもしれないが、自然に帰った山道になった。
最後の堰堤を過ぎると、草が常に足にあたるようになり、草露で濡れるので雨具のズ
ボンを着用した。
道はしっかりしていて迷う事はない。
「栃の木平」という標柱があった。まだ、新しい標柱だ。枝ぶりのいい栃の木が有っ
た。
そして、「桂のへつり」という標柱が有った。
道は守門川へ降りる道と、尾根の方に登っていく道とに分かれていた。
川へ降りる道を覗いてみると、川にロープが張ってあり、入るなという意味のように
思えたので、上へ上がる道に入った、
ところがこの道がひどかった。すぐに踏み跡も無くなり、鉈目を頼りに進むが、道ら
しい所は全く無い。ところがロープが所々張ってある。ということは、道らしいの
だ。
常に木に捕まっていないと危険なへつり道だ。小さな沢が横切っている所はしばらく
道を探した。戻ったときの為に目印の布を木に付けた。
そして、最後は2本のロープが下に向っている。1本はピンと張ってあり、1本は下が
固定されていない。とても急で手がかりも無く懸垂下降でないと降りられない。しか
し、ロープはザックの中だ。(網張直下の絶壁の対策でロープを持ってきていた。)
そこでわかった。ピンと張ってあるロープはルートを示し、下が固定していないロー
プを頼って下れという事なのだろうと。
そのロープを使って肩がらみ懸垂下降で降りる事にした。しかし、ナイロンザイルで
はなく、でこぼこのロープはすごい摩擦だった。そして、最後は長さが足りず、ぶら
下がって着地した。
へつり道はもうごめんだ。河原へ降りようと思い。自らのロープをザックから出して
肩に掛け、河原へ降りた。そこから下は、急だったものの懸垂までは必要無かった。
河原へ降りると、道はそこから続いていた。振り返ると川の水量はそれほどでもな
い。かえって高巻などせず河原を歩いた方が早かったみたいだ。
このへつり道で30分かかってしまった。(帰りは河原を歩いたら3分で通過した。)
まだ決まったわけじゃないが敗色が濃厚になってきた。とりあえず行ける所まで行こ
う。
そこから先は新しい鉈目のある道が続いた。最近整備されたばかりなのだろう。鉈目
の切断面がまだ白い。なかなか歩きやすい道だ。
そして、所々にある標柱も新しい。このルートは整備されつつあるのだろうか。
登山ブームの中、下田村も数多くの登山の対象となる山が有るが、やはりこの村の中
心部から良く見えるのは、粟ケ岳と守門岳だ、粟ケ岳には下田村から登山道が有っ
て、守門に無いのはもったいない。と、考えているのだろうか。
上合沢出合で河原に降りた。明るい奇麗な河原だ。
こから川沿いから離れて、道はだんだんと標高を上げていく。新しく整備された道は
ここまでだった。
踏み跡はしっかりしているが先ほどまでの奇麗な鉈目が無い、田ノ倉沢と思われる沢
を渡ると尾根に取付いた。しかし、やがて尾根の北側を巻くように高度を上げていっ
た。
いきなり開けて草原に出た。天狗の田という所だ。古い標柱が根元で折れて倒れてい
た。
そこから先1132mピークの西鞍部目指して登らねばならないが、踏み跡が不明瞭
で見失ってしまった。細い流れに沿って尾根に登って見た。全く方向違いの小尾根に
出てしまった。そのまま藪こぎして登るにはピークを一つ越さねばならない、一旦
下ってルートを探す事にした。
今度はエイト環を使っての懸垂下降で足場の良い所まで降りた。
ある程度戻ると赤いビニールテープを見つけた。そこまで行ってみるとなんとなく踏
み跡が有るように見えた。しかし、どう続いているのか分からない。
適当にトラバースしたり、涸れ沢を登ったりを繰り返しながら進んだ。時折ビニール
紐や赤テープを見つけた。
そろそろ撤退時間と決めた11時が迫ってきていた。
尾根を一本調子で登るのなら下山のルートファインディングも楽だが、このような進
みかたでは、下山時に道迷いの危険があると判断し、10時45分に撤退の決断をし
た。周囲の地形から見て950mくらいの所だろう。
大岳の火口壁がすごい迫力だ。近くの岩に登ったら粟ケ岳が秀麗な姿を見せていた。
天狗の田の一角目指して、適当に下っていった。
天狗の田に着けば、後はしっかりした道が有る。
上合沢出合まで戻って、そこで昼食にした。
日差しが柔らかくて気持ちがいい。
行きに時間をロスした桂のへつりは河原を通った。
そして、肩がらみの懸垂下降を適当な崖を使って練習した。ナイロンロープなら、簡
単に出来る。ぼこぼこのロープは肩からみには向かない事をここでも実感した。
最後に大池に寄り道してみた。
奇麗な池だ。老夫婦がくつろいでいた。
守門を目指して行ったけど帰ってきたと言ったら、昔は硫黄沢の上部に硫黄鉱山があ
り、そこまで行く道が有ったと教えてもらった。そして、その鉱山から
網張まで険しい道が有ったと。
2万5千図を出して、ルートを確認したら、私があらかじめ線をひいた通りのルート
だった。
そのルートは1132mピーク西鞍部を越えて一旦硫黄沢方向に下りそこから険しい
急坂を登るのだそうだ。さすが、長く生きている人は詳しい。
礼を言って戻った。
今度このコースを行くときは、時間がかかるので6時には吉ケ平を出て、下山は保久
礼に下るようにして、時間を掛けて登るべきだと思った。
とにかく、天狗の田から先のルートファインディングが大変なコースだと思った。


大岳の火口壁を見上げる

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