御前ケ遊窟〜井戸小屋山〜鍋倉山(直前撤退)

2003年5月25日、単独

コースタイム
5:50登山口発-6:10ソーケエ新道分岐-ソーケエ新道-7:45御前ケ遊窟着7:50発-8:20井戸小屋山着8:30発-11:00県境1077mピーク-11:15 100ほど進んだところ着(撤退決意)11:30発-11:43県境1077mピーク-14:17井戸小屋山着14:25発-14:58御前ケ遊窟着15:07発-16:12タツミ沢出合着16:17発-16:30ソーケエ新道分岐-16:50登山口着

 御神楽岳東方の会越県境付近の山々は、標高はそれほど高くなく、遠くから見ればなだらかな稜線で別段特徴の無い山域であるが、近くにから見ると、山肌は雪崩が削ったスラブがむき出しになり、険しい山々の連なりだということが分かる。
 4年前の晩秋にそのうちの一つ井戸小屋山に登った。途中には有名な御前ケ遊窟がある。そこまでは登山道が伸びていることはガイドブックなどで知っていたが、井戸小屋山にもちゃんとした登山道が伸びていた。
 そして、そこから先にも踏み跡が伸びていて、私は滝首(たきがしら)から伸びている道かと思ったが、藪山ネットの横山さんの報告で、そこから県境までの尾根上に踏み跡が伸びていることが分かり、私が見たものはそれだということがわかった。
 それなら、県境稜線上にある鍋倉山まではたいした労力を使うことなく行けるなと思った。そして、決行の時期は御前ケ遊窟付近の雪が消え、尾根上に水が確保できる程度に雪が残っている時期にしようと狙っていたのだ。

 早朝新潟市の自宅を出発。高速を使わずに上川村棒目貫(ぼうめき)奥の登山口を目指す。
 「御前ケ遊窟登山口」の道標に導かれ登山口に着いた。ザックの中は30mロープや鉈まで入っていて少々重い。
 登山道を少々進むと沢に下って渡渉し登り返して鍬沢右岸の高台を進む。
 そして、ソーケエ新道分岐よりソーケエ新道に入った。この日は鍋倉山登頂が目的なので、時間短縮のためシジミ沢ルートを取らず、こちらに来たのだ。
 再び鍬沢を渡渉、そして、タツミ沢を渡渉して尾根に取り付いた。
 御前ケ遊窟の下山路として使われている道だが、急な登りで岩場が多い。岩場には鎖が取り付けてあるので難なく登れるが、数が多いので腕が疲れた。
 登山道にはカモシカの糞がそこここにあり、この道は人間だけでなく、カモシカの通り道であることが分かる。
 ぐんぐん高度を上げていき、奇岩が見え始めると御前ケ遊窟はもうすぐだ。
 奇岩手前で尾根からはずれて、鎖やペンキ、道標に導かれながら進むと御前ケ遊窟に着いた。この日はここが目的ではないので、小休止の後先へ進む。
 スラブをトラバースして進んだが、トラバースは手が使えないので怖い。以前来た時はスパイク長靴でスパイクが程よく岩のくぼみにはまって滑らなかったが、今回は軽登山靴だ。ゴム底ゆえフリクションが効くが、やはり怖い。トラバース途中からフリクションを効かせて直登に切り替えた。斜度が緩いのでそっちのほうが楽だった。
 尾根に上がると藪だったが、すぐに登山道に乗る。そして、尾根分岐より井戸小屋山へ向かう道に入った。
 以前来た時は秋だったせいか、立派な登山道に見えたが、今回は周りの草木の葉が茂り、少々藪っぽく見えた。
 それでも、両側が切り立った痩せ尾根の上なので、展望が良く、目指す鍋倉山も見えていた。
 井戸小屋山には三角点は無い。ヒメコマツや杉に囲まれて展望も北側だけが見えるだけだ。山頂には猿の糞があり、そこにたかるハエがうるさく飛び回っていた。 
 以前来たときに見つけた踏み跡は消えていた。コンパスで方向を定めて杉林に入っていった。
 
 少し下ると踏み跡が現れた。しっかりしたいい道だ。
 最低鞍部を過ぎ登りにさしかかって間もなく、道の上に熊の糞を発見した。私はうるさいのでいつも熊よけの鈴は持っていない。ザックの中にあるカラピナをザックの外に付け、カチャカチャ鳴らすようにした。しかし、歩いてみると思うように鳴らない、そこでホイッスルを鳴らしながら歩くことにした。
 登ったところは広い台地状の所だ。木の枝に黄色い布がつけられていて、その下にはペットボトルが数本捨てられていた。熊狩の人たちの休み場なのだろう。そこから先は踏み跡は無くなった。
 台地の上はブナを中心とした樹林帯で、周囲の景色は何も見えない。コンパスで方向を示しながら進んだ。所々ある窪地には残雪が残っている。水場として利用できそうだ。熊の糞の場所からかなり離れたので、笛を吹くのはやめた。
 踏み跡は全く無いが所々鉈目が付いている。
 836mの鞍部を過ぎ、やや急な登りを一段上がったら、再び踏み跡が現れた。熊狩衆の道形は随分手前で終わったはずだ。変なところに踏み跡があるものだと思い進んでいった。
 鉈目はあっても古いものだけだ、その代わり邪魔な木の枝は折られていて、その切断面は新しい。獣道かと思い進んでいくと、木に熊の爪あとを発見しこの道の主は熊だという事が分かった。そして、少し進むと広くなったところに大きな熊の糞があった。太い木には大なり小なり熊の爪あとがある。完全に熊の領域に入ったようだ。
 ザックにコッヘルとカラピナで即席の鈴を作り、再び笛を鳴らしながら歩いた。
 しかし、この熊の道はとても歩きやすく、稜線より一段下がったところに水平に近く付いている。だが熊に対する警戒心を常に持ちつつ歩いていった。
 県境稜線が近づき斜度が急になると熊の道は尾根からはずれていった。再び藪こぎになった。熊の道から離れてしばらくして笛を鳴らすのをやめた。
 県境稜線は天然杉を中心とした猛烈な藪だった。時刻は11時になっていた。単独の藪こぎ山行はいつも11時をタイムリミットにしている。しかし、目指す鍋倉山は目の前だ。とりあえずもう30分進んでみることにした。
 しかし、15分であきらめた。山頂まで行ったところで何があるわけで無し、腹も減ったし、すぐ近くに腰をつけるだけの広さのところがあったので誘惑に負けて腰をついてしまった。
 心の山頂ということでビールでひとり乾杯した。そして、持って来たおにぎりを食べた。
 周囲は全く何も見えない深い藪の中だ。早々に帰路に就いた。

 県境稜線から離れ、井戸小屋山へ続く尾根を下ると間もなく、熊の踏み跡に乗る。再び笛の登場だ。「ピーピー」と鳴らしながら前進する。しかし、獣道が巻気味に通っているところは、尾根をはずすといけないので稜線上を下った。とにかく快適な獣道だ。
 登りの時と違って周囲を見る余裕もある。土の出ているところで足跡を見るとヒズメの割れたカモシカの足跡も有った。良く見ると兎の糞もある。この道は動物達の銀座通りのようだった。
 獣道から数メートル上の部分を通っているときだった。いきなり穴に腰まで落ちた。這い上がってその穴のある段差を降りると、見事に杉の根元に横穴が開いていた。中は暗くてよくわからないが、直感的に熊の巣穴だと感じた。巣穴の玄関からは獣道ハイウェイまでしっかりと踏み跡が延びている。幸い家主は不在のようだった。私は怖くなって再び「ピーピー」と笛を吹きながら歩いた。
 しかし、歩きながら考えた。相手は獣とはいえ、家の屋根をぶち抜いたまま補修もしなくて逃げてきていいのだろうかと。でも、熊は怖い、心の中で熊に雨漏りがする家にしてしまったことをわびた。形あるものいつかを壊れるのである。
 鞍部が近くなって獣道とは別れを告げた。そして、広い樹林帯の台地に入った。コンパスを見ながら進む。途中の雪たまりで雪を溶かして水を作った。
 そして、その台地を抜けると今度は人間の作った道だ。だけど、熊の糞を発見した付近では笛を鳴らしながら歩いた。
 井戸小屋山が近くなり、急な登りの途中で道形は消えた。最後の部分は木の枝にペットボトルが刺してあった。おそらく、一般登山者が入らないように井戸小屋山近くは藪に帰したのだろう。そして、道の始まりの印がこのペットボトルなのだろう。
 急な登りも藪が薄いのでそう苦ではない。ひょっこり井戸小屋山山頂に着いた。ここまで来れば後は登山道だ。

 御前ケ遊窟への下りはトラバースではなく、すぐ上の斜面をロープを使って下ることにした。ところが行ってみるとそれほどの斜度ではない、少し靴底のフリクションを効かせて下ってみた。そう怖くはない。しかし、今年はよく落ちる。大怪我はしていないものの慎重になったほうがいいと思った。せっかくロープを持っているのだから、近くの低木に支点をとりロープをはって下った。安全が最優先だ。
 ソーケエ新道の下りは中々景色がいい。西日を浴びながら展望の尾根道を下っていく。だが、足は少々疲れ気味だ。
 タツミ沢のスラブが壮観だ、一度遡行してみたい沢だ。
 タツミ沢出合で沢水を飲む。やはり沢の水がうまい。
 あとは鍬沢を渡渉してもと来た道を戻るだけだ。

 会越国境の鍋倉山、深い藪と岩と熊の縄張りを越えていかねばたどり着けない手強い山だった。

熊のつめあと

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