越後藪山情報ネットワーク1999年のレポートの要約


思案岳
(福島県)1999年12月下旬。
保育園の脇に車を置き、林道を100bほ ど行って左の杉林に入る。杉林はすぐ終わり雑木林になる。途中左上に岩塔が見え、 その岩塔を避け右寄りに進み、ゆるい谷に入る。急で滑りやすく手を使って頂稜に出 る。

高峰山・姫ノ城山(三条市)1999年12月下旬。
大崎山グリーンスポーツセン ターから高峰山を経由して、見晴らし休憩所までは、馬道とも呼ばれている昔から殿 様の巡回や木の切り出しに使われてきたという道。それ以降は、通常幅の登山道。

源蔵山(山形県)1999年12月下旬。
鼠ヶ関小学校から早田集落へ向かう道の峠 に車を置く。峠からスギ林のなかに道があるが、作業小屋で途切れる。その後は雪を 利用して山頂まで歩く。途中では樹木越しに日本国がよく見える。

白髭山(三川村)1999年12月上旬。
これまで諏訪峠から登るのが一般的だった が、林道五十沢線の峠から登った報告。村界尾根には踏み跡が全くなく、所々の過ぎ を目印に歩く。帰りはは550m鞍部から北方に向かって林道を目指す。

大倉山(広神村)1999年11月下旬。
明神山から明神池を通り、痩せ尾根を辿っ て大倉山山頂に立つ。雨とガスで何も見えなかった。

安部ケ館山(山形県)1999年11月下旬。
葉山の登山口から登山道を登り、途中 から左に入る。尾根は広く藪でテープとカンをたよりに山頂を目指す。なんとか安部 ケ館山山頂らしき所に達したが、三角点を発見できず引き返す。

砥石山敗退(三川村)1999年12月中旬。
三川ICの南200mの地点に送電線巡 視路があり、その道を辿って尾根まで登る。尾根からはそのまま山頂を目指したが、 雪は20cmで岩場となり、引き返す。

籠町南葉山(新井市)1999年6月上旬。
西野谷から青田に続く林道終点からスギ の植林地を山に向かって進むと、沢の右岸沿いの尾根に踏み跡が見つかる。青田難波 山との分岐から先は踏み跡は無くなるので、薮をこいで籠町南葉山へ進む。

古惣座山(津川町)1999年11月下旬。 
福取の集落から古惣座山の西に延びる 林道を進むと田圃の跡が広がり、雑木林に入る。下生えの少ない林を登って枝尾根に 取り付くと踏み跡が現れて、県境稜線に達する。踏み跡はかすかになるが、心配はな い。

要害山(三川村)1999年10月中旬。 
三川温泉スキー場から東山麓に延びる林 道を進むと、稜線上に出たところに登山口がある。階段も整備された遊歩道を登る と、あずまやのある山頂に到着する。三角点の点名は白川。

代塚山(福島県)1999年11月下旬。
弥平四郎集落からあがっぱ沢出合の左岸尾 根に踏み跡があり、踏み跡は沢を渡って右岸尾根に乗る。941m地点からは藪になる が、尾根が細くなると踏み跡が明瞭になる。ササ藪のなかに三等三角点がある。

餅倉山(津川町)1999年11月中旬。
餅倉橋たもとからスギ林に続く踏み跡をた どり、新植地からススキの藪になり左上の尾根に上がる。尾根上は藪が薄く、最後は 急登になる。山頂は藪で展望はない。

人品頭山(三川村)1999年12月上旬。
人品頭山の南西側の林道ゲートからスギ 林と畑の間を20m歩くと作業道に出る。その作業道を進み、左にトラバースする辺り から藪を登る。

荒倉山(三川村)1999年12月上旬。
三川温泉スキー場から林道角神五十川線を 進むと白髭山と555.3mの三角点との鞍部に至る。地形図では荒倉山は454m地点だ が、三角点の点名が「荒倉山」なので、尾根に沿って三角点まで登った。

権現山(村松町)1999年11月下旬。
地形図に印されたルートではない情報。下 杉川発電所から標識に導かれ、登って行くと中川原集落からの登山道と合流する。も うひとつは林道哺土原線から鉄塔を目指し、紅白の鉄塔からそのまま登るルート。

明神山(広神村)1999年11月中旬。
登山口から踏み跡があるが、かなりの急斜 面が続く。左手からヒド(涸沢)が何本か入っており、登山道と分かれヒドに沿って 藪をこいでみる。稜線に出ると踏跡と赤布があり、これらに導かれ四等三角点に着い た。

鼓ケ倉山(入広瀬村)
前回高倉山に登った時、鼓ケ倉山への分岐点にマーカーを付け て来た。村界上は測量のため、刈り払いされており、山頂には主三角点と三等三角点 がある。

蝉峠山(福島県)1999年11月上旬。
岩井沢集落の神社からスギ林を抜け、広葉 樹林を歩いて稜線にでる。稜線上のうすい踏み跡をたどると三角点のある山頂に立 つ。

高倉山(入広瀬村)1999年10月下旬。
広神村から鼓ケ倉山を目指すが、雨とガ スで地形図もよくも見ずに、入広瀬村に入ってしまい、939m地点で宴会をする。 しばらくするとガスが上がってきたので、高倉山まで往復する。

放山(能生町)1999年10月下旬。
能生町に最近できたシャルマンスキー場から 登る。最初は新しい鉈目の踏み跡があるが、やがて無くなり、低木とツルの藪とな る。山頂には二等三角点がある。

井戸小屋山(上川村)1999年11月下旬。
御前ケ遊窟の頂上手前から井戸小屋山 に向かって踏み跡がついている。最後の登りにはロープも張ってある。山頂はキタゴ ヨウに囲まれているが、新雪をかぶった飯豊連峰が見えた。

杉王山(関川村)1999年11月下旬。
関谷中学校から南に向かうと車道から歩道 になり、コナラ林を通って長峰山(地形図では杉王山となっている)に着く。さらに 平坦な道を歩くと神社のある杉王山に着き、杁差岳が見えた。

筆塚山(鹿瀬町)1999年11月中旬。
長走川沿いの林道終点に車を置き、与兵衛 沢出合まで長走川を遡行し、与兵衛沢に入る。与兵衛沢で両岸が狭くなった地点から 右岸を登ると尾根に踏み跡がある。踏み跡はやがて藪になり、筆塚山に続く。

福連寺山(村松町)1999年11月中旬。
不動堂集落から林道を進むと右手に丸太 を渡した橋があり、その先に東北電力の標識が設置されており、山頂まで登山道が続 いている。

笠倉山〜赤松沢出合(上川村)1999年11月中旬。
鉱山跡から御神楽岳、本名御 神楽岳、笠倉山と歩き、笠倉山から北に向かい、947m地点、773m地点を通過 して赤松沢出合に下りた環状山行。一部下降に危険な場所がある。

白根山(下田村)1999年11月中旬。
地形図にある登山道を歩くが、746m地 点から藪が始まる。しかし山頂まで踏み跡が続いており、粟ケ岳がすごい迫力で迫っ ている。

松ケ岳(岩室村)1999年10月中旬。
岩室神社の脇に登山口の標識がある。天神 山の支城と考えられており、1188年に居城された。松岳山ともいう。

御殿山(弥彦村)1999年10月中旬。
弥彦駅からもみじ公園を通り、湯神社の鳥 居をくぐり伐採跡地をフェンス沿いに歩くと四等三角点が置かれた山頂に立つ。

虚空蔵山(笹神村)1999年11月上旬。
これまで多くの人が西側の登山道を登っ ているが、東側の登山道の情報。虚空蔵山の北東にある山の神に車を停め、林道を歩 いて藪尾根に突入する。帰りは地形図にない道を下り、山の神付近に出た。

鬼ガ面山〜駒ガ岳(糸魚川市)1999年10月下旬。
取入口高地から海川を遡り、 海川左岸の富岡新道を登る。その後鬼ガ面山、駒ガ岳を経由して発電所の駐車場に下 る。

烏帽子岳(下田村)1999年11月上旬。
笠掘ダムを渡ると左側に遊歩道があり、 適当な場所から藪に突っ込むと尾根に踏み跡がある。尾根には岩場もあるが、山頂ま で踏み跡が続いている。

笠倉山(上川村)1999年11月上旬。
霧来沢から1091m地点に至る登山道を 利用し、県境の古い登山道を辿る。最高地点から三角点まで赤布が付けられているら しい。私の「山の本」の紀行文を読んだ人か?そうだったら悲しい。

阿弥陀山(糸魚川市)1999年11月上旬。
取入口高地から阿弥陀沢と大沢に挟ま れた尾根を登る。残雪期は阿弥陀沢を利用するようだが、藪こぎはこの尾根がいいよ うだ。山頂からの展望は申し分ない。

姫ノ城山(加茂市)1999年11月上旬。
林道麻布谷黒水線から林道布施谷線に入 ると「姫ノ城」の看板があり、登山道がついている。山頂までは5分だが、展望は良 くない。

浜山(村上市)1999年11月上旬。
瀬波温泉の駐車場から中部北陸自然歩道を北 に向かって30分くらい歩くと四等三角点のある山頂に着く。

鳴海山(朝日村)1999年10月中旬。
古い地形図には下記の焼峰から道が続いて おり、実際にその道を歩いて鳴海金山を経て、鳴海山に登っている人もいる。しかし この報告は朝日スーパーラインから10分で登ったもの。

焼峰(朝日村)1999年10月中旬。
新発田市の焼峰山ではない。古い地形図に新 四郎沢出合から尾根沿いに道が印されている。最初はユキツバキの急な藪だが、あと はなだらかなブナ林となり、三角点のある山頂に着く。

千石平(新発田市)1999年10月中旬。
赤津山登山口から林道を少し歩き、掛留 山、十石山を経由し、万石平を目指す。しかし千石平付近を万石平と勘違いし、家に 帰ってから万石平ではないことに気づく。

黒山(三川村)1999年10月下旬。
地形図に山名のない山。「新潟の低山藪山」 の五二七峰と同じ山だが、送電線巡視路を「新潟の低山藪山」とは反対側の東側から 歩き、45番の鉄塔から藪をこいだ。

本谷山(六日町)1999年10月下旬。
昭文社のエアリアマップ「越後三山」に十 字峡から本谷山までの登山道が印されている。山頂は低いササに覆われ、展望は申し 分ない。なお巻機山から越後沢山の間は不明瞭ながら踏み跡がある。

桂山(六日町)1999年10月上旬。
深沢集落の南にある林道途中から藪に入る。 踏み跡、ナタ目など全くない山だったが、山頂の低木林のなかにあった二等三角点の まわりは半径1mくらい刈り払われていた。

大鳥屋岳(朝日村)1999年9月下旬。
朝日スーパーラインの県境に車を置き、山 形県側を少し歩き、左の小沢に入る。正しいルートは、中央の尾根を登るのだが、左 の沢に入ってしまい土砂降りのなか難渋する。

金剛山(両津市)1999年10月上旬。
地形図の歩道のとおりに登山道がある。登 り始めはコナラの美林、標高700m付近になると天然スギとミズナラの混交林にな る。山頂には神社があり、展望は申し分ない。

荒磯山(羽茂町)1999年10月上旬。
村山小学校裏の砂利の車道から道があり、 その道をたどると小さな石の社がある。社の上にはさらに踏み跡があり、山頂まで続 いている。山頂には二等三角点がある。

笠倉山(上川村)1999年6月下旬。
広谷川左岸の御神楽岳登山道をスモヒラまで 歩き、広谷川と笠倉沢の間の尾根を登り、笠倉山に登った報告。旧道の面影は少な く、かなりのマーカーが必要。

牟礼山(黒川村)1999年9月下旬。
隠れた杁差岳の展望台。以前から登山道があ り、かなりの人が山頂を踏んでいる。またしても山頂付近から南に向かって新たな刈 り払いされた道が続いていると言う。

大樽山(黒川村)1999年9月下旬。
胎内ヒュッテから山頂近くまで登山道が刈り 払われている。胎内尾根を刈り払っている中条町のボランティアの人がいるらしい が、この登山道もこの人が刈り払ったらしい。

鶴ノ巣(小木町)1999年9月中旬。
ススキ、クズ、ワラビなどの草の中に防衛石 に囲まれた木杭を発見しただけ。恐らく道路などの開設により、移動したのではない のか。

国見山(新穂村)1999年9月中旬。
両津市の杉池から遊歩道が山頂の展望台まで 続いているが、三角点への道は途中から分岐しているらしい。私は三角点を見つけら れなかったが、報告者は見つけたらしい。

重蔵山(朝日村)1999年9月中旬。
去年峡彩ランタン会によって朝日スーパーラ インの県境から刈り払いが行われた。しかし最後の登りは藪。山頂は360度の展望 である。日帰り山行。

正面山(湯沢町)1999年9月上旬。
ルーデンス昭和スキー場から林道跡を歩き、 最後に岩場を登ると山頂に達する。展望はいい。神立スキー場からも登れるようだ。

烏帽子岳(糸魚川市)1999年9月上旬。
林道谷根線、造林作業道を利用して登山 口に至る。登山口からは2時間半で登られる。途中から阿弥陀山へも分岐しており、 その地点から1時間半で登られるようだ。

津久の岐山(湯之谷村)1999年9月上旬。
シルバーライン11号トンネルに入っ てすぐの右の空き地に車を停める。踏み跡を辿ると測量のために刈り払いされた道に マーカーがつけてある。

鳴倉山(湯之谷村)1999年9月上旬。
地形図にそって歩くと小学校が立てた標識 がある。お堂からスギ林を過ぎ、尾根に乗ると登山道が明瞭にある。

高倉山(山形県米沢市)1999年4月中旬。
大峠トンネルの駐車場に車を停め、林 道を砂防ダムまで歩く。山頂はそこから1時間。

四郎岳(山形県朝日村)1999年3月中旬。
東大鳥ダムからスキーで道路を歩き、 鯨岡発電所からワカンに履き替え、四郎岳を目指す。

池ノ平峰(塩沢町)1999年8月下旬。
高棚川沿いの林道から登る金城山の新ルー ト。池ノ平峰で長崎集落から金城山に登るルートと合流する。

鏡山(鹿瀬町)1999年8月中旬。
湯の島小屋から東電のダムを渡り、鏡山を目指 す。最初は踏み跡もあるが山頂に近づくにつれて、密藪になる。鏡山からは飯豊本山 を経由して、大日岳から湯の島小屋に下りた環状縦走。

筆塚山(鹿瀬町)1999年6月中旬。
裏川沿いにある山道を歩き、裏川を渡渉し、 720m地点に登ると筆塚山まで尾根沿いに踏み跡がある。下りは720m地点から 東側に続く踏み跡をたどり、白蓮沢に下りた。

前山(朝日村)1999年8月中旬。
奥三面ダムの周遊道路となると予想される地点 から455m地点に登ると踏み跡が600m過ぎまで続く。あとはマーカーを付けな がら山頂を目指す。

胎内尾根(黒川村)1999年7月下旬。
足の松尾根を登り、胎内尾根を下った日帰 り山行。刈り払いは一の峰直下まで延びている。

兎ケ倉山(津川町)1999年7月下旬。
山頂にはテレビ塔があり、倉ノ平集落から 道が整備されている。

関光山(朝日村)1999年7月下旬。
林道関口澤内線から登り、山頂から送電線管 理道をさらに北に向かう。小桂沢を渡り急な斜面を登ると、標高200mに鉄塔があ り、林道上田沢線に下る。

三吉山、荒城山(朝日村)1999年7月中旬。
関口城跡である。関泉寺の裏から三 吉山に登り尾根沿いを歩くが、やがて藪になる。しかし荒城山山頂まで踏み跡が続い ている。

秋葉山、関光山(朝日村)1999年7月中旬。
関口集落の背後に見えるテレビ塔が ある山。地形図に印された道のとおりに秋葉山、関光山と歩き、送電線管理道を林道 関口澤内線に下った。

山毛欅潰山(飯豊町)1999年6月下旬。
山名に引かれて登った山。中津川峠まで は不明瞭な山道。峠からは藪こぎを覚悟していたが、最初は明瞭な踏み跡がある。山 頂には雪につぶされた対空標識があった。

景鶴山(湯之谷村)1999年6月上旬。
東電小屋から笹山、ヨサク岳を経由して登 る。山頂は景色がよい。下りは南側の尾根を下るが、ヨッピ川を3m泳ぐ。

清水峠〜巻機山(塩沢町)1999年6月中旬。
山と渓谷社のガイドブックにある コースだが、ところどころ背丈を越えるチシマザサの藪になる。しかし檜倉山の山頂 でのテント泊は最高だった。

守門岳(下田村)1999年6月下旬。
吉ケ平からのルートは廃道となっており、最 近では登る人はほとんどいない。膝上の渡渉を何度もして、網張にたどりついた報 告。

鏡山〜大日杉(福島県、山形県)1999年6月上旬。
鏡山は飯豊連峰の南側の展望 地。五段山から大日杉のルートは98年に開設された。沢の籠渡しは吊り橋に変わっ たようだ。

猿田川から泥又川(下流)への山越え(朝日村)1999年6月下旬。
ゼンマイ道を 釣り人が使用するルート。猿田川から1時間半で泥又川へ下りられる。

嶽薬師〜朴坂山(神林村・関川村)1999年6月中旬。
以前から途中まで踏み跡が あったが、1998年秋に登山道が開設された。これで要害山から嶽薬師までの縦走 が可能になった。

枯松山(関川村)1999年5月中旬。
東俣の林道終点から三吉峰に至り、尾根を登 る。かなり上まで踏み跡があり、山頂近くなると古い赤布もある。

荒沢山(山形県)1999年5月上旬。
金目集落からダムの左岸に渡り、長松山を経 由して荒沢山に至る。

蒜場山〜大日岳(新発田市)1999年5月上旬。
残雪期に飯豊に至る代表的ルー ト。それにしても21時を過ぎて御西小屋に着くとは。

松ノ木尾根〜三国岳(福島県)1999年4月下旬。
御沢キャンプ場からタカツコ沢 を渡り、しばらく踏み跡をたどるが、藪となり残雪を利用する。

長須ケ玉山〜孫兵衛山(福島県)1999年4月下旬。
桧枝岐集落の南に位置する 山。オオシラビソで視界がきかず、マーカーを付けながら歩いた報告。長須ケ玉山と 孫兵衛山には標識が設置されているようだ。

足沢山〜太郎助山(入広瀬村)1999年4月中旬。
毛猛山の前衛の山。末沢川の板 をはずしてある吊り橋を渡り、北西方向の尾根を登る。

奈羅無登山(村松町)1999年4月上旬。
木六山から銀次郎山を経由し奈羅無登山 を日帰りで往復した報告。こんな山行を考える人はこの人しかいない。 

高知山〜二王子岳(新発田市)1999年3月中旬。
積雪にならではの山行。二王子 岳直下は急になり、アイゼンが必要。帰りは一般のルートをたどる。

黒姫(守門村)1999年3月中旬。
中の又山に登った時見えた平らな特徴的な山 で、ぜひ登ってみたかった山。山スキーの報告がある。

城ケ峰(山北町)1999年2月中旬。
北中集落の南東にある城跡。積雪期の報告だ が、山頂に標識があり、登山道があるようだ。

丸山(山北町)1999年2月中旬。
中津原集落の橋から勝木川沿いの道路を利用し 丸山の北東の尾根を利用して登った。無雪期には中津原集落からテレビ塔を経由する 踏み跡がある。

大久保山(山北町)1999年2月中旬。
東側の林道から登るのが一般的だが、積雪 期は除雪されないので、西側の国道から登った報告。

三条山(山北町)1999年2月中旬。
地形図からも想像できるが、国道7号線から 見ると釣鐘状で格好がいい山。しかし国道7号線からの最初の登りは急だ。

丸山(福島県伊南村)1999年3月上旬。
大博多山の南西に位置する1488mの 山。『山の本』28巻に石井光造さんの紀行文がある。

神籠ケ岳(福島県会津高田町)1999年2月下旬。
小野岳近くの1376mの山。 会津百名山に選ばれている。「岳人」604号(紅葉山脈尾瀬と南会津)によれば、 「上級」にランクされている。

佐武流山・敗退(湯沢町)1999年6月上旬。
この山は残雪を利用して山頂に至る 記録が多いが、雪が少なくチシマザサの密藪に敗れた報告。チシマザサの藪は前が見 えなく、しかも身体を跳ね返すので確かに手ごわい。

倉淵山〜山毛欅沢山(福島県伊南村)1999年2月中旬。
「道を間違えたのは地形 図のせいだ」と言いながらも、倉淵山から一旦下り目的だった山毛欅沢山に登り直そ うと考えるのはこの人だけか。

ジャ林山(山北町)1999年2月中旬。
ジャ林山の東に山道があり、南側からその 山道を利用してジャ林山に登り、鵜泊集落への道を下った。

小兜山・高クラ(六日町)1999年5月中旬。
五十沢川を渡渉し、東中尾沢から油 粕峠を経由して、小兜山と高クラに登った記録。それにしてもこの時期に行きと帰り の2回も五十沢川を渡渉するとは。

滝沢峰(黒川村)1999年5月下旬。
廃道化している胎内尾根だが、中条町の人が ボランティアで刈り払いしているらしい。昨年夏までは郷倉峰の登りまで刈り払いさ れていたが、さらに滝沢峰まで延びた。

赤津山(新発田市)1999年5月上旬。
赤津沢出合から掛留山、十石山、千石平、 赤津山、西ノ峰、赤津山登山口を歩いた環状コース。現在十石山から赤津山の間が藪 であるが、残雪を利用した山行。

麻尾山(青海町)1999年5月下旬。
山頂まで車道があるので、アマチュア無線家 には知られているが、一般登山者にはどこにあるかわからない山。大平峠から車で上 り、3mの藪こぎで三角点を発見できる。

城山(安塚町)1999年5月中旬。
直峰(のうみね)城跡。林道終点に駐車場があ り、一周できる登山道がある。山頂からは米山、妙高山、火打山などの展望が良い。

唐野山(浦川原村)1999年5月中旬。
唐野山の周囲を走る道路の「岩室薬師 入 り口」という標識からあっという間に着く。登山道、山頂は整備されているが、展望 は悪い。

オリンガ平(上川村)1999年5月中旬。
室谷集落から御神楽岳に至る登山道の 「御神楽岳まで あと3時間」という標識からの藪こぎで達する標高680mの湿 原。5月にはミズバショウが咲く。

笠菅山(三川村)1999年5月上旬。
今度は南側から登るルート。送電線の巡視路 を利用するのは、藪山登山の方法のひとつだ。

鍋倉山(山形県小国町)1999年5月上旬。
羽田寿志著「新潟の低山藪山」にも紹 介されている山だが、一般にはあまり知られていない。飯豊の展望が素晴らしく、倉 手山からの展望とも異なり、他の登山者が全くいない。

蒲生城山(松代町)1999年5月上旬。
10年ほど前に南斜面が造林されて山頂から の展望が良くなった。東頸城郡の丘陵地帯のバックに苗場山、巻機山、越後三山など の上越国境の山々が望める。

笠菅山(三川町)1999年5月上旬。
綱木集落から送電線に沿って登るルート。こ の山は他にも2つくらいルートがあるようだ。

五剣谷岳(村松町)1999年4月下旬。
悪場峠からの日帰り山行。悪場峠から水無 平を経て、木六山に至るルートは一般に知られてなく、一般ルートよりも木六山まで 約30分短縮できる。 

源賀山(山北町)1999年4月下旬。
この山も地形図に道があるものの、山名がわ からなかった山。源賀山の他、ウト山、源ケ峰などの呼び名もある。

日本国(山形県温海町)1999年4月下旬。
日本国の北方向に延びる林道桂谷線か らの板ケ台コース。こんなルート知らなかった。

金峰山(山北町)1999年4月下旬。
地形図には道が印されているものの、山名が わからなかった。しかし山北町全図で山名を発見。山形県の金峰山と関係があるらし い。

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